双剣と花束を  第一話


 太陽が顔を見せ、朝を迎えようとする時刻。

 人々は朝日の到来と共に活動する。街は人々がざわめきたつのを待つ。人は街がざわめくのを待つ。そんな因果関係が成立する。

 そしてざわめかないが朝を迎えるのはここ青海原樹海でも変わらない。

 そんな樹海の入り口とも言える場所に一人の青年が立っていた。

 青年は力強い容貌をしていた。一八〇を超える長身、それに見合った均衡がとれた身体をしている。

「ここか…ここに妖魔がいるのか」

 まだ朝も早く樹海の奥は薄暗くよく見えなかった。

「この匂いと気配は間違いないか。匂いが森中に充満しかけている。急がないと」

 青年――功刀直純はデフォルトとなりつつあるしかめ面をさらにしかめた。拳をきつく握り締め直純は樹海へと足を踏み入れた。

「こう広範囲に匂いあると位置を特定しずらい…。この頃『桜の妖魔』関係の事件が増えてきたな」

 昔、桜という男がいた。

 永遠の命を求めた彼は、その実験により数多の合成獣を生み出した。

 それが『桜の妖魔』である。

 桜の手によって封印された彼らが、桜の死によって封印という縛めから解き放たれ世に現れたのは十数年前のことである。

 世間で怪物などと呼ばれている存在が彼らである。

 妖魔の多くは人間を主食とし襲う。

 直純と、彼が所属する組織はその妖魔を滅ぼすために戦ってきた。

 あの高野山の戦いで全てが終わったと思っていたがそうではなかった。

 実際、暫くの間は現れなかった。だから組織は彼らの絶滅を宣言した。

 しかしそれからさらに暫くして彼らは突如として現れだした。

「これ以上犠牲者を出さないためにも早く見つけないと」

 辺りに意識を向け、匂いを辿る。暫く行くと急に開けた場所に出た。その場所は地面が黒ずんでおり木がへし折れていた。

「匂いはここから広がったのか……。しかしどうやったらこれほどの事が出来るんだ」

 周りを見回し足元に落ちていた黒い棒を拾い直純は呟いた。

「これは木の燃えカス…。相手は炎を使うのか……っ!」

 風によって運ばれてきた匂いに直純は目を見開いた。同時に手も持っていた木炭を握り締め粉々に粉砕した。

「この匂いは間違いない。近くにいる」

 直純は嗅覚を全開にした。妖魔の匂いとは別の匂いが運ばれてくる。

「血の匂いが混じっている…人が襲われているのか!」

 直純は匂いが運ばれてきた方向を向いた。

「急がなければ」

 嗅覚を全開にしたまま、直純は匂いが飛んできた方向へと全力で走り出した。

 直純たち人狼族は常人を遥かに超える身体能力を持っている。それに感情などを匂いとして感知も出来る。

 直純は急いだ。『桜の妖魔』のこともさることながら、襲われているだろう人の事が心配である。

  あの匂いで知る限り、致命傷にはなっていないも結構な量の出血。妖魔が一思いに殺さないのは楽しんでいるのか?

 直純は走る足に力を込めた。辺りの風景が流れるように過ぎていく。

「匂いが濃くなってきた。近い!」

 直純は全力で走る。

「はぁぁぁぁぁぁ」

 と同時に遠くのほうで裂帛の声が聞こえてきた。直純は思わず自分の耳を疑った。

  まさか、戦っているというのか?

 直純が疑問を抱きながら走っていると、目的の場所に着いた。

「はぁぁぁぁ」

 そこには一人の青年が身体中に大小さまざまな傷を作りながらも戦っている姿が目に入った。長身の黒い髪の青年だった。

「はぁぁぁぁ」

 青年は妖魔に接近しつつ、手の持った小太刀だろう刀を横なぎに振るった。

 妖魔は軽くその一撃を避け、反撃する。青年はその攻撃を避けつつ反撃する。妖魔がまた避け反撃。といった攻防が続く。

 少しの間直純はその光景に見入ってしまった。

「ガァァァァァ」

「ちっ」

 直純は異形の咆哮を聞き我に返った。そして一気に地を蹴り二〇メートルあった間合いを一瞬でゼロにした。

 妖魔の姿は巨大な四足獣であった。

 身体が虎で顔が二つ、片方が狼で片方が蛇であった。

 接近した青年目掛け右の鉤爪を振り下ろそうとした。青年も手に持った小太刀を下から切り上げる。

「ぐっ」

 しかし、青年はその前に片膝をついてしまった。足に受けていた傷が痛んだのだろう。

 妖魔はこれはチャンスとばかりに爪を振り下ろした

「おぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉ」

 妖魔の攻撃はしかし不発に終わった。一気に肉薄した直純の拳をわき腹に突き刺さり横に五メートルほど吹っ飛んだ。

「大丈夫か?」

 構え直純は視線だけを青年に向けて聞いた。

「あ、あなたは?」

 青年は出血のためかが虚ろな目を向けてきた。

  やはりかなりの出血だ。くっ。もっと早くに来ていれば。

 嗅覚で感じ取った青年の様態に直純はぐっと奥歯を噛み締めた。

「後は俺に任せて休んでいろ。すぐに済む」

「む、無茶です。相手は人外なんですよ」

「大丈夫だ。いいな、絶対に手を出すな」

 直純は視線を目の前の妖魔へと戻した。丁度起き上がり、グルルルと喉の奥のほうから聞こえる唸り声を発した。

「すううぅぅ」

 大きく息を吸った。

「はっ」

 短い息を吐き直純は拳を握り肉薄した。



「す、すごい」

 青年は目の前で起こっている戦いに見入っていた。直純の言うとおりに邪魔にならない場所にまでさがっている。

「おぉおおぉおぁ」」

 直純の拳が妖魔の狼の方の顔面に突き刺さった。

「ギャアァァァ」

 妖魔は堪らず後ろに跳躍し下がった。しかし直純は逃がさない。地を蹴ると一気に肉薄する。下から顎を目掛けて蹴りを放とうとした。

「ギャッ」

 しかしこれ以上の追随を許さんとするように妖魔は四肢に力を込めその場に踏ん張る。そして狼の首を大きく後ろに反らす。

 妖魔の胸が吸い込んだ空気で大きく膨らむ。直純が蹴りを放つ前に大きく口を開けた。

「!!」

 妖魔の口内から炎が噴出した。直純は踵の裏に獣気の塊を放つと足場にして上空へとあがった。

「なっ。どうやったらあんな動きが出来るんだ」

 青年は直純の動きに驚愕した。炎を上空でやり過ごした直純はそのまま自由落下を使って妖魔の背中へと落ちた。

 メキメキっと妖魔の背骨が折れる音が樹海の中に響いた。

「ギャアアアアア」

 妖魔は悲鳴を上げた。悲鳴を上げるもすぐに身体を振り直純を飛ばすと間合いをとった。

 何だ?この妙な感覚は?

 直純は地面に着地すると同時に違和感をおぼえた。眉をひそめる。そして眼前の妖魔を睨みつける。とここで違和感の正体を知った。

  もう一つ人の匂いを感じる。しかもすぐ近く。あの青年ではない。一体どこから……。

 直純は周囲を妖魔を警戒しつつ、見る。しかしどこにも人の姿は無い。あるのは木にもたれかかっている青年と目の前の妖魔。

  それだけだ。しかし、人の匂いを感じる。なぜだ?

「グワァァァ」

「ちっ。!?」

 一気に飛び掛ってきた妖魔を半身ずれる事によって避ける。と同時に鼻腔に妖魔から発せられる匂いを吸い込んだ。

 直純の顔は驚愕に歪んだ。思わずその場に立ち止まった。

「ど、どういう事だ」

「??」

 直純の上げた声に青年は首を傾げた。直純の視線の先には飛び掛った妖魔がある。口からは緑色の血を吐いて息が荒い。

 折れた背骨や肋骨が肺に刺さったのだろう。息苦しそうであった。

「なぜ、『桜の妖魔』から人の匂いがするんだ」

 『桜の妖魔』?あの人外のことを言っているのか?人の匂い?

 青年は直純の言っている意味が分からずしきりに首を傾げた。

「くっ。厄介なことになった」

 直純は上着のポケットから野球のボールくらいの大きさの玉を取り出した。

「ふぅぅうぅぅぅ」

 目を閉じ直純は大きく息を吐いた。

 妖魔は四肢にグッと力を込めると直純にまた飛び掛った。そして右の鉤爪を振り上げた。

「危ない!」

 青年は叫んだ。動こうとしたが身体をいうことを聞かない。

「なぜ動かないんだ」

 青年は直純に向かって言う。しかし直純は目を閉じたまま動かない。ぼうっと直純の持った玉が赤く光りだした。それは次第に大きく

 なっていった。

 光が最高潮に達したとき直純はその玉を握り潰した。バキンとガラスの割れる音が響く。

 そして直純は襲い掛かってくる妖魔へと向き直った。

 すぐ目の前にまで迫っていた。直純は慌てることなく拳を腰の横まで引いた。

「ゴアアアアアアアアア!」

「はああああああああああ!」

 二人の咆哮は合わさった。

 妖魔は振り上げた爪を一気に下ろす。

 直純は迷わず拳を突き出す。

 先に直純の肩に爪が食い込む。ぐっと歯を噛み締めて痛みを堪え拳を妖魔へと放つ。

 妖魔の腹に直純の拳は突き刺さった。やわらかい感触が拳を伝ってくる。しかし直純の拳打はこれで終わりではない。

 直純の拳と妖魔の腹の僅かな隙間に赤光が閃き、刹那、耳をつんざくような爆発音と炎の花が咲いた。

 火竜閃。殴った、あるいは蹴った物を爆砕する直純の必殺技の一つ。本来人狼状態でしか使えない技だがさっき直純が砕いた玉。

 先獣丸の力で一回だけ使えるようにしたのだ。

 妖魔の腹は爆発の衝撃でえぐれ、肉の焼けた匂いが鼻をつぐ。

「…………………………………」

 青年はその光景に目を丸くした。

「ふう。もう終わった。大丈夫か?」

 直純は青年の方を向き聞いた。

「は、はい。何とか、てて」

 青年は腕を押さえ顔をしかめた。直純は青年に近づくと、

「聞きたいことがある、いいか?」

 青年はこくっと頷いた。

「どうしてここにいる」

 質問はいたって簡単なものだった。

「ここには修行で来ました」

「修行だと?」

 青年の答えに直純は思わず鸚鵡返しに聞き返した。

「はい。俺はこれでも剣士です。己を磨くためにここへ来ました。ここへ来たのは二日前です。その前のニュースでいろいろと樹海の噂を

 聞いていたのですが……さっき朝食の準備をしていたらいきなりあの人外な生き物に襲われて」

「そうか……。お前の名前は?」

「高町恭也と言います」

 青年――恭也は答えた。

「あなたは?」

「功刀直純だ」

 直純は辺りを見まわしながら答えた。

「功刀さん。教えてください。あれは一体…ぐっ」

 少し動き恭也は腕を押さえた。直純ははあとため息をつくと、

「その話は後にしろ、今は一刻も早く傷の治療をしなければならない」

「救急箱ならあっちに少し行った場所にテントと一緒に置いてある筈です」

 恭也は直純の後ろを指した。直純は後ろを振り返る。そしてむっと顔をしかめた。

「どうしたんですか?そんな顔をして」

「この顔は生まれつきだ。それより行くぞ。立てるか?」

 直純はしかめ面で恭也に手を差し出した。

「はい、何とか大丈夫だと思います」

手をとり恭也は立ち上がった。そして直純の肩を借りて歩き出しす。一歩も歩かないうちに直純の肩の傷が気になった。

「肩は大丈夫なんですか?かなり深く食い込んでいたように見てたんですが」

「大丈夫だ。このくらいの傷ならもう慣れた」

 前を向いたまま直純は答えた。

  かなりの重症のように見えたのにすごい人なんだな。この人は。

 恭也は本心からそう思った。

「それより、お前もあまり驚いていなかったな?」

「何がですか?」

「俺が妖魔を倒したときの事を、だ」

 恭也は直純の妖魔を倒したときのことを思い出していた。妖魔の腹に拳を打ち込んだ途端、爆発。確かに驚くところだろう。

「まあ。いろいろと自分の身近に驚きがたくさんありまして、確かにさっきのも驚きましたけど…!」

 ははと恭也は苦笑した。とその次にはその顔が強張った。

「あ、あれは一体」

 恭也の視線の先には妖魔が朽ち果てている…………はずであった。しかしそこには、

「どうして全裸の男の人が腹に穴を開けて倒れているんですか?」

「ああ、そのことか?あれが妖魔の正体だったということだ」

 直純は死体に目を向けることなくさも当然といった風に言う。

「人間?しかしあの姿はどう見たって。それに人だったら助けなければ」

「ああそうだな。だが助けたくてもああなってからでは助けようが無かった」

「そう…なんですか?」

「ああ。多分あれは、誰かに姿を変えられたのだろう。もとはここで自殺しようとしてた奴といったところだ。来い」

 直純は恭也を男の死体へと連れて行った。。

「見ろ。この男の肩、異常なほど陥没してるだろう」

 直純の言うとおり男の肩は何かに物凄い力で掴まれたようにへこんでいた。

「これは俺の憶測だが少なくとも奴は三日前くらいに妖魔にその姿を変えられたと思う」

「どうしてそう思うんですか?」

「俺のところに依頼が来たのが丁度二日前。その一日前にここの近くで殺人事件が起こった。明らかに人では起こせないような殺人方法

 だった。それが立て続けに四件ほどあった。それで俺に依頼が回ってきたって訳だ。それにこの石」

 直純は男の頭の付近に落ちていた赤い宝石のを手に取った。

「これでこの男は妖魔に変えられたのだろう。かなりの妖気を含んでいる」

「これが、ですか?」

 いまいち理解出来ない恭也は首を傾げた。

「まあ、それだけで決め付けるのは間違ってはいるが……俺はそう思っている」

 直純は上着のポケットにその赤い宝石をしまい、前を向きなおし歩を進めた。恭也も同じように歩く。

 少し行ったところに小さな川が流れていた。そのそばにいろいろな物が散乱していた。

「ここか?」

「はい。……あそこにあります」

 周囲を見回し恭也は川の近くに落ちている小さな木箱を指した。

 ………………

「これで大丈夫だろう」

「ありがとうございます」

「応急処置だ。早く本格的な治療をしないと化膿する。しかし、えらくきちんとした薬品やらが揃っていたな」

「大体怪我をしてもいいようにと、と思っていろいろ用意してたんです」

「そうか」

 直純はふむと唸ると立ち上がる。

「動くぞ。ここには長居出来ない。荷物は必要な物以外捨てていけ」

「それはどういう意味ですか?」

「お前の傷の治療を本格的にするのと、後はまた狙われるかも知れないからだ」

 辺りに散らばった朝食の残骸だろうものを視界に納めながら直純は言った。

「また狙われる?なぜです」

「狙われるのはあくまで可能性でしかないしというところだ。傷は治療する必要がある」

 直純は辺りを見回しながら言う。

 近くに気配も匂いも殺気の無い。今日はもう仕掛けてこないつもりか。

「……………。分かりました。命の恩人の言うことを聞きましょう。それで今からどこに向かうんですか?」

「ん?奈良だが」

 視線を恭也に合わせ直純はあっけらかんとした口調で告げた。



「あーあ。やられちゃった」

 薄暗い部屋の中で、銀髪の少年が手に持った鏡に映りだした映像を見て落胆の声をあげた。

「やっぱり『院』の戦士は強いや。あんな小物じゃ歯が立たない。かすり傷程度が限界か。でもその前にいた男の人も結構頑張ってたな」

 ぶーと頬を膨らませた。勝てないと分かってはいたがあっさりと負けたのが悔しいのだろう。

 まあ、出来を見るためだけに使った捨て駒であったが。

「よっと」

 鏡を手放し、横になっていたベットから飛び降りた。

 立った少年の身長は小さく一五〇程度しかなかった。

「次はもう少し強めのやつを使って……」

 ぶつぶつと言いながら少年はベットの下から黒塗りのアタッシュケースを取り出した。

「今度は人じゃなくて動物、それも肉食にしてみようかな?」

 アタッシュケースを開く。その中には大小さまざまな大きさの赤い宝石が入っていた。

「んーー。二、三個小さいやつも持って行っとこうかな?」

 少年はその中から小石程度の宝石を一個とそれより二回りほど小さい宝石を二個着ているジャンパーのポケットの中にしまった。

 そしてアタッシュケースを元の戻すと、出入り口のドアの傍に立てかけていた剣を手に取る。

「さてと、早速遊びに行きますか」

 ドアを開け外へと出て行った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 あとがき

 どうも。素人SS書きの龍神ともおします。

 この度はこの駄文を読んでいただきまことにありがとうございます。

 ……とりあえずシリアスもので逝きたいなと、思っている次第です。

 設定、その他もろもろ少し違う所もあると存じますがおおめに見てください。

 それでは、また、読んでやってください。では。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送